研究メンバー対談

環境DNA技術を旗印に
ネイチャーポジティブの熟議が進む
市民参加型モデルを作る

  • 政策学部只友 景士 教授
  • 先端理工学部山中 裕樹 教授

ネイチャーポジティブとは、生物多様性の損失を食い止めるに留まらず、自然を回復軌道に乗せようという行動指針。その実現には、生物多様性の母体である環境を、私たち市民や自治体、企業がいかに捉えて活動するかという熟議がまず必要です。
今回は、地方財政・環境政策を専門に環境保護に関する財政研究に取り組む、政策学部の只友 景士教授を迎えて対談。ネイチャーポジティブ実現へのファーストステップに向け、環境保全事業にかかる財源を切り口に、生物多様性保全に対する市民の意識を変えるための方法を探ります。

※発言は2024年11月取材時点のものです。

写真左:山中 裕樹教授(先端理工学部)、
写真右:只友 景士教授(政策学部)。以下、敬称略。

止まらない公共事業が「平成の大合併」の遠因に

山中:只友先生は、環境政策の財政問題という市民に寄りそう研究に取り組まれています。研究テーマとどのように出会い、これまでどんな研究をされてきたのでしょう?

只友:私は2011年4月の政策学部開設時に龍谷大学に着任しました。それまでは滋賀大学済学部に勤めていましたので、山中先生の研究フィールドである琵琶湖を含め、滋賀県に縁があります。

卒業したのも滋賀大学経済学部でして、ここで財政学の先生と出会いました。さらに京都大学 大学院経済学研究科に進みまして、修士課程で二人の指導教員との縁ができました。一人が財政学の先生、もう一人が環境経済学の先生です。
この二人の先生のもとで取り組んだのが「下水道財政」をテーマにした修士論文です。これが今にもつながる私の研究の起点となります。

山中:下水道財政とは、面白い着眼点ですね。

只友:私は岡山県の旧勝北町(現津山市)という人口7000人ほどの田舎の出身なのですが、そこで1994年…私が修士課程にいた頃、100億円以上の費用をかけて公共下水道を作ることになったのです。過疎化が進む町になぜそんなものが必要なのかと疑問に思って調べるうちに、修士論文のテーマになりました。

修士論文における私の問題意識は「水質保全政策には、標準的な技術だけにこだわらずその地域に合った技術を選択する知恵と、それを後押しする財政システムが必要ではないか」というものでした。過疎地に都市部と同じような立派な下水道を作っても、悲劇的な結果を生むのではないかとぼんやり予測していたのです。それが的中しました。

実は当時、日本中で限界的な過疎地域に公共下水道を作る大きな動きがあったのです。結果として下水道を維持管理する費用に圧迫された地方自治体は、財政難に陥りました。そこに起こったのが「平成の大合併(1999年から政府主導で行われた市町村合併の動き)」です。私の出身である旧勝北町も津山市に編入合併されました。

山中:やはり公共下水道の維持には相当なコストがかかるのですか?

只友:一例を挙げると、滋賀県彦根市は下水道特別会計の赤字を補填するために年間20億円規模で、一般会計から繰入をしています。20億円というと彦根市で小学校を1校建てられる金額です。これだけ財政を圧迫するのですから、地域特性を考慮すると下水道にこだわらず、合併処理浄化槽にするなどの代替案もあっただろうと思います。しかし国から一度工事の認可が下りてしまうと、なかなか止まれないものなのですね。

住民参加型の税制として高評価の神奈川県「水源環境保全税」

山中:環境の公共性と財源に関して、近ごろ学会報告をされたそうですね。

只友:2024年10月に日本財政学会で、環境保全課税と観光関連課税の事例を報告しました。実は2000年に、国と地方の役割分担を明確化し、地方の自主性や自立性を高めるために「地方分権一括法」が施行されました。地方分権の具体的な進展事例とも言えるのですが、地方自治体が課税自主権を行使するようになります。そして今までに、この課税自主権行使のピークが3度あったのですよ。

最初のピークが産業廃棄物税です。排出事業者または中間処理業者に課される法定外目的税で、自治体によって課税の有無や課税方式が異なりますが、27道府県と1つの政令指定都市で導入が進んでいます。2度目のピークが環境保全に関わる税金で、高知県が県民税個人割に超過課税という形で500円を加算した「森林保全税」を立ち上げたのを皮切りに、全国的に広がりました。

そして3度目のピークが環境観光関連で、京都市も宿泊税の導入により、違法民泊やオーバーツーリズム対策に取り組んでいます。
10月の学会ではこのうち、宿泊税を中心とした観光関連課税と、環境保全課税に関する研究を報告しました。

山中:宿泊税の話も非常に気になるのですが…環境保全課税についてどのような報告をされたのかを教えていただけますか?

只友:神奈川県で2007年から導入された水源環境保全税(※1)の事例を報告しました。個人県民税の均等割に加えて所得割にも超過課税し、水源保全や森林保全にかかる事業にお金を使っています。
神奈川県の事例の一番の特徴は、県のお金の使い方に対してチェック機能を担う「水源環境保全・再生かながわ県民会議」を立ち上げたことでしょう。この県民会議には、専門家やNGO・NPOなどの関係団体、住民も公募で参加しており、環境保全に関わる研修なども行っています。

私が尊敬する先生方は、この神奈川県の取組みを「住民参加型の税制だ」と導入当時から高く評価していました。すでに会議発足から20年が経ち、個人的にはもう一皮剥ける必要があるのではと思いますが、それでも神奈川県は先駆的で貴重な経験を積まれていると思います。

(※1)神奈川県HP「水源環境を保全・再生するための個人県民税の超過課税について水源環境を保全・再生するための個人県民税の超過課税について」

カーボンとは異なり「数値で表しにくい」生物多様性保全の難しさ

山中:神奈川県の水源環境保全税の事例は、非常に興味深いお話ですね。しかし現実として、いかにして行政がネイチャーポジティブ実行へと動く道筋が作れるのか。また市民を含め地域に関わるすべての人々が危機感を持って行動する地点へと、どうすれば転がり出していってくれるのか。その感覚を知りたいのですが、いかがでしょう?

只友:私たちの社会を上手くコントロールするには、民主主義の意思決定システムがきちんと機能していることが大切です。古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、「私たちは正しい行動をすることで正しくなり、勇敢な行動をすることで、勇敢になる」という趣旨の言葉を残しています。つまり鶏が先か卵が先かではありませんが、「環境保全に関わる行動をしなければ、環境保全に向けた行動をする人にはならない」ということです。

山中:行動が大事なのは分かります。しかし、私自身は科学者として、ネイチャーポジティブに向けて生物多様性保全を訴えるにしても、生態系を広く行き来する生物について「どこまでが自分たちが守らなければいけない範囲なのか」を明確にする難しさを感じています。カーボンニュートラルの場合は数値化しやすく、地域間での埋め合わせも可能とされているのですが…。

只友:環境にはいわば「純粋公共財」と呼べる性質があります。要するに環境は皆のものなのですが、だからこそ負担をすることなく自由に使うフリーライダー(只乗り)が横行し、結果として公害や地球温暖化が進みました。
特に日本では、環境は皆のものなのに、皆で管理したり関わったりする経験を積むことがないまま、市民が環境に対する感性を鈍らせて今に至っています。これは民主主義政治への無関心と根は同じですね。

山中:この現状を一刻も早く変えなければ、市民が気づきを得る前にさまざまな規制やルールができてしまい、「何のために僕たちは環境税を払っているんだろう?」となりかねません。

只友:「国際条約によってネイチャーポジティブを実現しなきゃいけない!それが外国との約束だから」という意識では、我が事として考えられず生物多様性保全も進まないでしょう。
そうではなく「私たち皆のものである地球環境を再生するために、全員が何かを負担する必要があるんだ」いう意識を皆が持たなければいけないですね。

そのためには、自分が暮らす地域の環境に積極的に関わることで環境保全への意識を高める、市民参加型の取り組みを各地で増やすことが急務でしょう。
内容は、稲刈り体験でも古老の話を聞くでも構いません。そこで地域の自然観環境を知り、守るべきものだという意識を育み、さらに皆で議論して環境を管理する道筋を作ることが大事なのだというリテラシーを育む。そうした地道な取り組みこそが必要だと思います。

科学的リテラシーを自然への畏敬に替え、環境保全への新たな市民意識を育む

山中:地域ごとに市民参加型の取り組みを作っていく草の根運動が大事であり、そこから始めなければいけないというのはよく分かりました。しかし私が恐れているのは、地球環境問題が喫緊の課題となっている今の段階で、トライアンドエラーを各地域が独立してやっていては間に合わないのではないかということです。
やはりある種の成功例というか、市民参加型の環境保全コミュニティのフレームワークを作る必要があると思うのですが、先生はこれに近いご経験はありますか?

只友:私は滋賀県守山市で「市民参加と協働のまちづくり推進会議」の委員長を務めています。役割としては、市民の熟議空間を作ることで行政への市民参加の機能を調整し、良識のある市民活動する人を増やしていこうという仕掛けを工夫することです。全国に広がるようなモデルケースにしたいという野望を抱いておりますので、参考にしていただければと思います。

また私のゼミでは現在「地元学を作ろう」という取り組みを行っています。地元学とは地域に対する関心を高める学習活動のことで、歴史でも自然でも入口は何でも良いのですが、「この川はカッパが出ると言われていた」とか「この神社は皆の遊び場だった」という経験を伝えていこうという取り組みです。

滋賀には鎮守の森がたくさんあります。そして神様を鎮めることで守られていた自然がたくさんあったはずなのです。しかし今は自然に対する畏敬の念を持ちにくい社会になっており、環境への感性を鈍らせる一端となっていると考えます。

山中:私は水や空気に含まれるDNAから、この環境にどんな生き物がいるのかが分かる「環境DNA」という技術を開発しています。それで先生の話を聞いて思ったのですが、昔の人はDNAを観測する技術はないものの、経験則から価値がある場所を認識し、神様のいる場所だという理論づけで守ってきたのだと思います。

しかし現代では、その場所に何があるかを科学的に解明できるようになったのに、価値が体感として分からないから守ろうという意識が生まれない…。そうであれば、畏敬の念の対象になっていたものを科学技術で可視化し、さらにその意義を体感させることで、もう1回「守らなければならない」という社会のコンセンサスが広まるのではないでしょうか。

只友:神様は現代的に言えばブラックボックスではありますが、そうした何か社会に対する安全装置のようなものを、私たちはもう一度作り直さなければいけない。そしてそれを作り直すための基礎データを、山中先生は観測されているのですね。

たとえば、日常に地域清掃といった少し「面倒臭い」と感じる負担を取り入れることで、私たちは環境保全への意識を持てるようになるのではないでしょうか。さらにそこに先生が提供するような科学的知識に基づく価値観が紐づくことで、ネイチャーボジティブに向けて行動できる市民として育ち始めるのではないか。そんなことを先生の話を伺いながら思いました。

山中:現在私は仲間と共に、滋賀県で「生物多様性ステークスホルダー会議」というものを立ち上げようとしています。より具体的に動いていくために、東近江市など滋賀県内の自治体を実際の舞台として行政や金融、地元企業が参加してネイチャーポジティブに取り組む実例を作れないかと考えています。
ここにぜひ只友先生のような行政や経済の専門家であり、さまざまなケースを見て来られた方に参画いただき、「ネイチャーポジティブはこうやったら実現できるんだ」というファーストケースに、一緒に取り組ませていただきたいです。

只友:山中先生は、それこそ100年越しの環境に関する失敗を、取り戻そうとされているわけですね。私は経済学者・財政学者ではありますが、先生の取り組みが経済的価値だけに集約されて欲しくないという想いもあります。そうしたフォローも合わせて、環境DNA技術を旗印に社会変革に向けたひと頑張りを、私もしなければいけないですね。

山中:ネイチャーポジティブの新たな歩みを、是非一緒にお願いします。

プロフィール

只友 景士(Keishi Tadatomo)
龍谷大学政策学部・教授

京都大学大学院 経済学研究科博士前期課程修了。専門は財政学・地方財政論。滋賀大学経済学部 助手、講師、助教授、准教授を経て、2011年4月より龍谷大学へ。地域を豊かにする政策、人が生きていくときに大事なサポートに関する政策、環境政策の財政問題などに取り組み、市民のための財政学をめざしている。生物多様性科学研究センター・兼任研究員。

https://researchmap.jp/read0055593

山中 裕樹(Hiroki Yamanaka)
龍谷大学先端理工学部・教授

京都大学大学院 理学研究科修了。博士(理学)。魚類生態学者。一般社団法人「環境DNA学会」設立メンバーの一人 。2009年より、滋賀県などで環境DNAによる生物相調査を行うとともに、生物量推定のための新技術開発や環境評価への応用技術研究も推進中。生物多様性科学研究センター長。

https://researchmap.jp/yamanakahiroki

龍谷フラッグシップ研究プロジェクト