私たちの社会を支える環境、食、技術には、微生物や生物多様性という「見えにくいもの」が深く関わっています。今回は応用微生物学・細菌学を専門とする農学部の田邊先生をゲストに、微生物の生態系機能を数理モデルで探究する先端理工学部の三木先生が対談。微生物や群集、生物多様性という共通のテーマを持つ二人が、それぞれの視点から「見えにくい世界」をどう捉え、どのように応用や理論化を図ってきたかを語り合います。
※発言は2025年11月取材時点のものです。
写真左:田邊 公一教授(農学部)、
写真右:三木
健教授(先端理工学部)。以下、敬称略。
微生物の「見えにくい世界」を社会実装へ
三木:田邊先生も私も京都大学の出身なのですが、私が1997年に入学した時に先生は?
田邊:ギリギリ修士でしたね。
三木:私は埼玉県生まれの神奈川育ちなのですが、どうしても一人暮らしがしたいというのと、京大の先生が書かれた生態学の本に「生態系も物理のように数字を使って記載できる」とあったことに惹かれ、京都にやってきました。当初はなかなか関西弁に慣れませんでしたが、大文字山に登ったり京大生らしい時間も過ごしましたね。
田邊:私は香川県の出身で、実は一浪して京大に入りました。最初は工学系志望だったのですが、「これからは食糧問題への関心が高まるに違いない」と考えて農学部に進学。そこから遺伝子組み換えや分子生物の実験に興味を持ちまして、応用生命科学という学問に取り組みました。
三木:私の専門分野との出会いは、一時は水質浄化に関わる微生物研究というところで環境工学にも興味を抱いたのですが、「やはり自然界の微生物を研究したい」と思い生態学研究に進みました。所属研究室が瀬田にありましたので滋賀とは縁が長いんです。実は院生時代に龍谷大学でTAを務めたことがあるのですよ。ですので私の龍谷大学の職員番号は、職歴の割に若いのです。
田邊:龍谷大学農学部は2025年に創立10周年を迎えたところなので、龍大歴はずっと長いのですね。
私の研究内容については、学部生の頃はユーグレナを研究していました。ユーグレナは和名でミドリムシと呼ばれる藻類の一種です。ミドリムシの中に殺虫効果をもつタンパク質を発現させて、ミドリムシを餌とする蚊の幼虫・ボウフラを狙うという農薬系の研究ですね。しかしこの研究テーマはあまり上手くいかず、修士に上がるタイミングでABCタンパク質という抗がん剤排出に関わる膜タンパク質の研究に変えまして。今もそれを続けています。
三木:私は水域の細菌集団の組成が炭素循環に与える影響に関する研究で博士号を取ったのち、就職難の時代でしたので海外の大学に行き、龍谷大学とのご縁を得て瀬田に戻ってきたという感じなのですが、先生は?
田邊:やはり就職には困ったのですが、京大でポスドクを2年やった後に、国立感染症研究所の採用枠をつかむことができました。研究所には12年間勤めたのですが、職場が段々と研究機関から行政機関の性質を強めていったことから大学研究者への転職を考え、農学部創設のタイミングで龍大に来た次第です。
現在はABCタンパク質に加えて、発酵食品中の微生物を研究しています。研究テーマとしては「自然発酵」ですね。清酒醸造において醸造協会が酒蔵に頒布する「きょうかい酵母」のように、専門機関が培養した菌を活用するのが発酵食品の近代的製造法ですが、日本の伝統的な発酵食品の中にはそうではない作り方が多くあります。私はそこに面白さを感じていて、発酵食品の微生物がどこから来てどう変化しているのかを追えるような研究を展開したいと考えています。
三木:田邊先生は現在、発酵醸造食品機能性研究センター(発酵RC)で副センター長を務めていますね。発酵RCは、私が参加している生物多様性科学研究センター同様、学内外の多様な研究者が集う学際的な研究プロジェクトですね。
田邊:発酵RCは5年前から始まり、2021年度の設立当初は、発酵食品や自然環境から微生物を培養してストックし、有用なものを発酵醸造産業に還元することを目的とした別の名前の組織(発酵醸造微生物リソース研究センター)でした。2024年度からは、他領域の先生方にも参画していただく新体制で、「微生物の有用機能を介した発酵醸造学とスポーツ栄養学の融合とマネジメントによる滋賀県域における応用展開」をテーマに、学際的な研究プロジェクトとなりました。
具体的な取り組みとしては、発酵微生物が有する多面的な潜在機能を明らかにするとともに、健康食品の高付加価値化としてアスリートのスポーツ食としての可能性を検証するという「滋賀県発・発酵醸造技術を活用したアスリート食の開発」を進めています。
三木:生物多様性科学研究センターも、「生物多様性保全に向けた技術革新と、保全行動の社会的価値の実質化」をテーマに、京都・滋賀を主なフィールドとして研究を進めています。いま特に力を入れているのが「保全行動の社会的価値の実質化」の部分です。生物多様性保全は温暖化などの気候危機と違って、具体的危機や取り組みの価値が見えにくい世界だからです。
そこで私たちはセンター長の山中が旗振りする、市民参加で琵琶湖の水を汲んでどんな魚がいるかを調べる「びわ湖100地点環境DNA調査」の定期開催や、滋賀の企業や金融機関、行政、市民団体、農林水産事業者などとの「生物多様性ステークホルダー会議」の発足を進めてきました。「環境DNA分析」などの環境調査技術を活用しつつ、地域の保全活動が経済的にもうまく回るような大きな仕組みを作ろうとしています。
微生物はどこにいて、どのような相互作用をもたらすか。
田邊:以前、研究交流会で山中先生から「環境DNA分析」の研究についてご紹介いただいたことがあります。コップ一杯の水や一掴みの土から生息する生物のゲノム(DNA)をまとめて抽出し、網羅的に解析できる技術ということで、ぜひそのお力を借りて一緒に研究したいと思っています。
私の興味は、環境中の微生物がどれほど発酵食品中の微生物と関係するかにあります。鮒寿司の乳酸菌について調べようと、滋賀県内で27種類のサンプルを収集して、ゲノムを網羅的に解析してみたこともあります。すると近江八幡の鮒寿司と他の地域の鮒寿司とでは、乳酸菌の種類が随分違うことがわかりました(※1)。それが近江八幡の環境中に生息する乳酸菌であれば、近江八幡の水や土壌の環境DNA分析から乳酸菌の存在する場所を推測できる可能性がありますね。
(※1)関連News:市販鮒寿司に含まれる微生物叢解析と成分分析結果を公表【発酵醸造食品機能性研究センター/農学部】(2025.01.10)
三木:実際のところ、鮒寿司の乳酸菌はどこにいるのですか?
田邊:製造環境のどこかに大量に蓄積されていている可能性が高いと考えています。ハエなどの昆虫が媒介する可能性もゼロではないでしょうが、人間の手を介して発酵食品中に含まれたと考えるのが妥当でしょう。また鮒寿司の生産者に聞き取り調査をしたところ、意図的に前の発酵食品を加えているところもありました。自然発酵だけでなく人為的に発酵させているケースもあるということです。
近江八幡の鮒寿司になぜ特徴ある乳酸菌が含まれるのかについては、製法が違う可能性もあるのですが、環境中にその乳酸菌が多いのかもしれないともいうところで、水環境中の乳酸菌を調べてみたいと考えています。確か先生は、琵琶湖の水の中の細菌集団がどのような生態系機能を担っているのかを推定する研究をされていましたよね?
三木:「環境DNA分析と生態系シミュレーションを統合した診断評価手法の開発」ですね。これはまず琵琶湖と4本の流入河川から水を汲み、環境DNA技術と細菌のゲノムデータを活用し、それぞれの場所にどのような微生物が集団(細菌叢)を作っているのかを調査。さらに各々の細菌叢が環境中でどのような生態系機能を担っているのかを推定し、特定の微生物が絶滅した時の影響をシミュレーションすることで、生態系の壊れにくさを診断する評価手法を開発したというものです。
例えば琵琶湖に300種の微生物がいたとして、ある生態系機能を持った1種類が絶滅するとします。重複する生態系機能を持った他の微生物がいるエリアでは生態系の劣化が低くて済みますが、重複が少ないエリアは劣化が高くなる。そういったことを判断できるものです。
実用化を前提にコスト面を考慮したことから、ゲノム解析の解像度自体は高くない手法となってはいますが、分析する微生物を乳酸菌に限定すれば、乳酸菌集団の多様性が見えてくるかもしれません。また、山中先生が中心となって取り組まれている「びわ湖100地点調査」のデータを活用できたら、面白い結果が得られるかもしれませんね。
田邊:これまでに抽出されたDNAを使わせていただけるのであれば、ありがたいですね。
三木:ただし、あの調査は魚類に限定して分析しているため、微生物の採取には向かないフィルターを使用している可能性がありますが…。しかし乳酸菌が何かの粒子に付く形で水中に存在するのであれば、採取できる可能性はあります。5年分の調査データが冷凍保存されていますので、再分析してみてもいいかもしれませんね。
田邊:山中先生が保存されているデータで、三木先生の先ほどの診断評価手法を試みるというのはどうですか?
三木:うーん。採取できる微生物が限定的だと思いますので、それをもって地点ごとの生態系を診断することは難しいかと思います。微生物版の「びわ湖100地点調査」を改めてやらないと。ただ、「生き物の生息状況の調査」と「微生物の生息状況の調査」とでは人々の関心に差がありそうで、試料採取に協力いただける団体を集められるかどうか…。鮒寿司を絡めて「美味しい乳酸菌を探せ!」みたいなキャチコピーで人を集めるなどの作戦が必要かもしれません。また生産環境にいる乳酸菌の調査も併せて行わなければ…。
田邊:そうですね。結局は鮒寿司を漬け込む樽や製造環境中に乳酸菌がたくさんいるという話かもしれませんが。なかなか調査が進まない背景に、鮒寿司の生産者には横のつながりがあまりなく、お互いに積極的に情報交換をしないという実情がありまして…。鮒寿司生産組合などの存在があれば情報が集まってきて調査が楽だったかもしれません。
三木:ははは、サンプル収集にそんな壁が。
田邊:ですので今、ビニールに鮒を1匹だけ漬ける「クラフト鮒寿し作製キット」を一生懸命プッシュしています。近く市販される予定ですが、すでに滋賀県の一部小学校では教材として使っていただいていまして。小学生が作った鮒寿司の残り(ビニールに付着した飯の部分)を回収して分析すれば、ある地域の鮒寿司にはこの乳酸菌が多いといったことが見えてくるのではと考えています。
経済性と生物多様性。異なる尺度のエビデンスの優先度は?
三木:研究の社会実装に関して、課題に感じていることはありますか?
田邊:発酵RCとしては健康に寄与するような発酵食品の開発をめざしているのですが、なかなか微生物を活用して新しい発酵食品を作ろうという企業が出てこないことが課題ですね。ブレイクスルーには、一般の方々の発酵食品や微生物への理解や協力が必要だと考えています。
三木:なるほど。そこは生物多様性保全も同じ課題を抱えています。
田邊:また前職で感染症研究していた者としては、発酵食品の製造現場では身の回りの微生物に関心のない方が意外に多いことに違和感を感じています。清酒についても昔ながらの醸造方法で微生物をコントロールする「生酛造り」がありますが、実際の生産現場を見ていると、もっとまめに手指の消毒した方がいいのでは?と思うことがあります。
そうそう、三木先生にご相談したかったのですが、発酵食品の製造に適した微生物が増加し、それが工場からの排水などで河川や土壌に流れることで生物多様性を損なうような危険性はないのでしょうか?
三木:感覚的な回答で恐縮ですが、遺伝子編集をしたわけではありませんから大丈夫ではないかと。例えば日本中の酒蔵が同じ微生物でお酒を作り始めて、それをフィルターにかけずに排水したら影響が出るかもしれませんが…。
田邊:昔ながらの業態であれば、そこまで危惧する必要はないということですね。
三木:そうですね。ですが先生の今日のお話を聞いていると、技術革新が起こる可能性を踏まえて、潜在リスクを評価しておいた方がいいと感じました。微生物に関わらず生物は一度出てしまったら増えるものであり、コントロールが難しいところがあります。出た時にどの程度のことが起きるかということは、研究しておいても良いと思いますね。
ちなみに先生は、国立感染症研究所にお勤めでしたが、新型コロナのような病原微生物のリスクに対して、機関では常にチェックを行なっていたのでしょうか?
田邊:明らかにコロナ前後で体制が大きく変わりました。現在は感染症対策としての疫学研究や、次に新型コロナのようなパンデミックが起きた時にどのように病原体を調べるかといった検査体制に注力して情報収集する組織になりました。
またこれは社会全般の話ですが、新型コロナを機にエビデンス(科学的根拠)を踏まえた行動が推奨されるようになりましたね。エビデンスを出すにあたっては、数人に起こった特異な現象ではなく、一般的に当てはまり統計的に解析して意味のある対策と結果を提供し、専門家ではない人たちも含めて皆さんが理解して納得できる形で広げていくことが大事ではないかと考えています。
三木:そうですね。生物多様性研究センターでも、生物多様性保全に向けた各種の活動や政策判断に高解像度の生物多様性データを提供するという意味で、エビデンスの提供が重要な目的の一つとなっています。
私としては、生物多様性データは直ちに生物兵器を生み出すようなものではないので、エビデンスはオープンにして誰でも使えるというのがあるべき姿だと思っています。例外として、致死性の高いウイルスを開発したとか、絶滅危惧種の環境DNAデータを見つけたといった情報は当然公開すべきではありませんが。
田邊:私たち科学者はエビデンスを示すことはできますが、経済活動や政策など実社会に反映するというところでは、難しさがありますね。
三木:そうですね。私たちは数値データという形でエビデンスを出していますが、そこに意味を付加してしまうと、それはエビデンスなのか、解釈なのかという判断が難しいところです。とはいえ何の解釈もない数値の羅列では、政策に反映しようと思わないでしょうし…。
もう一つの懸念は、異なる尺度のエビデンスをどう扱うかです。全ての物事はトレードオフの関係にあります。例えば「この森や湖を開発したら雇用がこれだけ生まれますが、微生物は5%減り生態系の回復力が10%下がります」という具合ですね。こういった時に、経済性と生物多様性という異なる尺度のエビデンスをどう優先づけるのか。それを判断する仕組みを社会科学の人と検討する必要性があるのではと思います。
田邊:私たち自然科学者だけですと難しいので、社会科学の研究者とも連携して社会の仕組みを良い方向に変えていけるといいですね。
三木:そこをきちんとしておかないと合理的な判断にならず、声が大きい方に決まりかねない恐れがあります。微生物に関する研究を行う私たちも協力して明るい未来を築きたいですね。
プロフィール
三木 健(Takeshi Miki)
龍谷大学先端理工学部 環境科学課程・教授
2001年、京都大学理学研究科進学、京都大学生態学研究センターで研究。2006年3月、博士(理学)取得。2008年8月〜2018年7月には、国立台湾大学海洋研究所で研究室を主催し教育・研究に従事。2018年8月より龍谷大学へ。専門は、定量生態学、理論生態学。人間が自然に手を加えた時に、どれだけ生態系や環境にリスクがあるかを具体的な数値として予測する方法を研究する学問領域を切り拓いている。生物多様性科学研究センター・兼任研究員。
田邊 公一(Koichi Tanabe)
龍谷大学農学部 食品栄養学科・教授
2001年3月、京都大学 農学研究科 応用生命科学専攻 博士課程終了。博士(農学)。国立感染症研究所 真菌部において、研究員、主任研究官、第一室室長を経て、2015年4月より龍谷大学へ。専門は応用微生物学・細菌学。発酵醸造に有用な微生物の収集とデータベースの構築、およびそれらを活用した応用研究の展開を目的として研究を進めている。応用研究の一環として、家庭の冷蔵庫で一匹から漬けられる「クラフト鮒寿し作製キット」を考案し、2023年6月に実用新案登録。発酵醸造食品機能性研究センター・副センター長。